パウル・ヨゼフ・ゲッベルス伝
・宣伝相
・文学博士


Paul Josef Goebbels
(1897-1945)
言わずとも知れた、現代大衆宣伝技術の創始者が彼、ゲッベルスである。
ガス暖炉職人の息子として生を受けたゲッベルスは4歳の時に小児麻痺にかかり、足が不自由に。
第一次世界大戦勃発に際しては、愛国心に燃え、志願兵になろうとするも、その欠陥から、ヒトラーやゲーリングのように念願は果たせなかった。
貧しい出自の彼は、奨学金によって、大学に通い、文学部で古代史を始め、近代史、近代文学などを学び、文学者を目指す。
小説「ミヒャエル」などを執筆し、文学博士になる。

1922年、ゲッベルスはミュンヘンでヒトラーの演説に出会い、ナチスに入党。
25年まで、彼に目立った行動は見られない。
やがて、ゲッベルスは党機関紙の編集に携わり、党内左派に所属し、ヒトラーに反対する立場であった。
だが、ヒトラーの誘いに乗り、終生ヒトラーに忠誠を誓うようになる。

ヒトラーはゲッベルスの政治的天才を認め、28歳にしてベルリンの大管区指導者、ついで全国宣伝部長に抜擢される。
彼の数々の選挙戦において使った宣伝戦略は今でも手本・研究項目として注目されている。
1933年、ゲッベルスは新内閣の民族啓蒙宣伝相に任命され、ヒトラーの意を受け、文化、芸術、学術から言論に至るまでを再編し、新生ドイツ建設の基礎とした。


当時できたてのラジオを宣伝に用いるために各家庭に配布したのも彼である。
戦争がはじまると、さらに手腕を発揮。その演説で国民の士気を高く保ち続けた。
しかし、演説だけでは戦局は変わるはずもなく、、ヒトラーが自殺した後、家族と共に自殺している。

ゲッベルスは、家族思いであるというのが通例ではあるが、浮気癖の持ち主で、妻に離婚をつきつけられると、自殺する!と脅した挙句、ヒトラーに泣きついて仲裁をさせるという問題児でもあった。

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